デジタル遺産(ネット銀行・証券・暗号資産)の相続トラブルと生前の整理術

2026年8月7日

  • 執筆
    河合 厚(税理士法人チェスター東京本店代表、東京国際大学特任教授)

-放置すれば家族の負担に-

スマートフォンやパソコンで完結する金融取引が日常的になり、紙の通帳や郵便物が手元にない資産が急増しています。ネット銀行、ネット証券、暗号資産——これらは便利さの裏で、相続の現場に新たな課題を持ち込みました。

本人が亡くなった瞬間、デジタル形式で管理されている資産は、家族にとって「存在を知る術がない財産」になり得ます。気づかぬまま申告漏れになる、遺産分割協議のやり直しを迫られる、思いがけない負債を相続してしまう——実際に起きているトラブルは少なくありません。

本記事では、デジタル遺産がなぜトラブルの温床となるのか、相続税評価や手続きで何が問題になるのか、そして生前にできる対策を、税理士の視点から解説します。

1. デジタル遺産とは?

⑴ デジタル遺産の定義

デジタル遺産とは、故人がデジタル形式で保管していた財産的価値のあるものを指します。インターネット上のサービスや専用アプリで管理され、物理的な書類や通帳を伴わない点が特徴です。

これと混同されやすいのが「デジタル遺品」です。デジタル遺品は、スマートフォンに保存された写真、SNSアカウント、メールなど、財産的価値はないものの本人の痕跡が残るデータを指します。両者は性質が異なるため、相続の対象になるかどうかも変わってきます。本記事で扱うのは前者、すなわち相続財産となるデジタル遺産です。

⑵ デジタル遺産に含まれる主な資産

  • ネット銀行口座/ネット証券口座(株式・投資信託・ETF・債券)
  • 暗号資産(ビットコイン、イーサリアム等)
  • FX・信用取引口座
  • 電子マネー残高(Suica、WAON、PayPay等)
  • 各種ポイント、マイレージ
  • サブスクリプション契約(動画・音楽・アプリ等)

これらのうち、サブスクリプションは「資産」というよりも継続的な「支出」を生む契約ですが、放置すると遺族の負担になる点で同じくデジタル遺産として整理しておくべきものです。

2. なぜデジタル遺産は相続トラブルの温床になるのか

デジタル遺産がトラブルを生みやすい理由は、大きく3つあります。

⑴ 「存在に気づけない」構造的問題

最大の問題は、家族がデジタル遺産の存在自体に気づけない点です。紙の通帳や定期的な郵送物が届かないため、遺族が遺品整理をしても手がかりが残らないケースがほとんどです。スマートフォンやパソコンがロックされていれば、中身を確認することすらできません。家族に把握されないままになったアカウントは、相続財産として承継されず、後から発覚すれば申告漏れや遺産分割協議のやり直しの原因となります。

⑵ パスワード・秘密鍵の問題

仮にデジタル遺産の存在を把握できたとしても、本人以外がアクセスできない仕組みがセキュリティ設計の基本です。二段階認証や生体認証は、「本人しか開けない」ことを目的にしています。

特に深刻なのが暗号資産です。秘密鍵(プライベートキー)を本人しか知らない状態で亡くなると、暗号資産そのものに永久にアクセスできなくなります。残高があることは取引所の記録から把握できても、ウォレットから動かせなければ事実上の喪失といえます。

⑶ 手続きが運営者ごとにバラバラ

ネット銀行やネット証券は、実店舗を持たないことが多く、相続手続きの窓口がどこにあるか直感的に分かりにくい構造です。問い合わせは原則としてオンラインまたは電話に限られ、必要書類も会社ごとに異なります。比較的新しいサービスや海外取引所では、相続手続きのルール自体が整備されていないケースもあり、遺族は手探りでの対応を迫られます。

3. 主なトラブル事例

実際にどのようなトラブルが起きているのか、代表的なケースを3つ紹介します。

ケース①:ネット証券の存在に気づかず申告期限後に発覚

被相続人が所有していたネット証券口座が、相続税の申告期限(10か月)を過ぎてから発覚するケースです。当然、その口座の有価証券は申告漏れとなり、修正申告のうえ、延滞税や過少申告加算税が追加でかかります。本来納める必要がなかったコストが発生するうえ、申告書を作り直す事務負担も家族に重くのしかかります。

ケース②:暗号資産の価格変動で「税負担が手取りを超える」

暗号資産は価格の変動が極めて激しい点に注意が必要です。相続税は相続発生時点の時価で評価されます(後記4)が、相続人が実際に売却して受け取る金額は申告・納付時点の価額となります。

たとえば相続発生時に時価3,000万円だった暗号資産が、相続税申告・納付の時に1,500万円まで下落していたとしましょう。相続税は3,000万円ベースで計算されるため、相続人は実質的に手取りを上回る税負担となるおそれがあります。上場株式であれば「相続発生日の属する月以前3か月間の月平均額のうち最も低い価額」を選択できますが、現行制度では暗号資産にこの取扱いはなく、評価方法そのものが相続人にとって不利な構造となっています。

ケース③:FX・信用取引でマイナス財産(負債)が発覚

最も注意すべきなのが、デジタル遺産には「負債」も含まれ得る点です。FXや信用取引は、相場の急変によって追加証拠金(追証)が発生し、口座残高がマイナスになることがあります。被相続人が亡くなった時点でマイナスポジションを抱えていれば、その負債は相続人に引き継がれます。

相続放棄を行う場合は、相続開始を知った日から3か月以内に家庭裁判所に申述しなければなりません。デジタル遺産の存在に気づかないまま預金を引き出すなど相続財産を処分してしまうと、「単純承認」とみなされ、後から負債が発覚しても放棄できなくなる可能性があります。証券会社からの追証請求が遺族に届いた時には、すでに手遅れというケースもあり得ます。

4. デジタル遺産の相続税評価

⑴ 評価の基本ルール

デジタル遺産の相続税評価は、相続発生時の時価を原則とします。財産の種類ごとに評価方法が定められており、特に暗号資産については国税庁が「暗号資産等に関する税務上の取扱いについて(情報)」で具体的な取扱いを示しています。

⑵ 主な資産別の評価方法

資産の種類 評価方法
ネット銀行口座 相続発生時の残高(普通預金・定期預金とも、通常の銀行預金と同じ扱い)
上場株式・ETF(ネット証券) 相続発生日の終値、または相続発生日の属する月以前3か月間の各月の毎日の終値の月平均額のうち、最も低い価額
投資信託 相続発生時の基準価額をもとに、解約請求した場合に支払われる金額
暗号資産(活発な市場あり) 相続人が取引を行う暗号資産交換業者が公表する課税時期の取引価格
暗号資産(活発な市場なし) 売買実例価額や精通者意見価格等を勘案し、個別に評価

※著者作成

⑶ 注意点

ネット証券では、相続人からの請求に基づき「残高証明書」を発行してもらえることが一般的です。一方、暗号資産については取引所によって対応が異なり、残高証明書が出ない場合もあります。海外取引所やマイナーな暗号資産は評価がさらに複雑になるため、相続税申告は税理士に相談することを強くお勧めします。

5. 相続発生後の手続きの流れ

⑴ 故人のデジタル遺産を探す手がかり

遺族がまず取り組むべきは、デジタル遺産の「存在」を発見することです。手がかりとなるのは次のような情報です。

  • スマートフォン内のアプリ(金融機関・取引所のアプリがあれば、そこに口座がある可能性が高い)
  • メール・ブラウザ履歴・ブックマーク(取引明細メールや口座開設の確認メール等)
  • クレジットカードや口座の引き落とし履歴(サブスクや積立投資の痕跡)
  • 紙の郵送物(年に一度の取引残高報告書、税務関連書類等)

ロック解除ができないスマートフォンの場合、家庭裁判所への申立てや専門業者への依頼が必要になることもあります。

⑵ 主な手続きの流れ

デジタル遺産が見つかったら、各サービスのカスタマーサポートに連絡し、相続手続きの案内を受けます。一般的には、被相続人の死亡を証する戸籍謄本、相続人を特定する書類、遺産分割協議書または遺言書、代表相続人の本人確認書類等が必要です。これらを揃えて提出し、解約・名義変更・払出の手続きを進めます。

⑶ 遺産分割協議成立までは共有財産

注意点として、遺産分割協議が成立するまで、デジタル遺産は相続人全員の共有財産です。一人の相続人が独断で解約したり、暗号資産を売却したりすることはできません。勝手な処分は、後の協議や税務上のトラブルにつながります

⑷ 例外―葬儀費用等に充てる「預貯金の仮払い制度」

もっとも、預貯金については例外があります。葬儀費用や当面の生活費など、遺産分割を待てない資金需要に対応するため、「預貯金の仮払い制度」が設けられており、各相続人は次の金額まで単独で払戻しを受けることができます。

相続開始時の預貯金債権額 × 3分の1 × その相続人の法定相続分(同一金融機関ごとに150万円が上限)

たとえば、預金残高1,200万円、相続人が子2人(法定相続分各2分の1)であれば、計算上は1,200万円×1/3×1/2=200万円となりますが、上限規制により1行あたり150万円までとなります。これを超える資金が必要な場合は、家庭裁判所への仮分割の仮処分の申立てによる方法もあります。

ネット銀行の預金も、この制度の対象です。ただし、店舗の窓口がないため、手続きはオンラインまたは郵送に限られ、必要書類も各行で異なります。まずは各行の相続手続き窓口に確認しましょう。

なお、仮払いを利用する際は次の点に注意点しましょう。

① 仮払いを受けた預貯金も相続財産であり、相続税の課税対象に含まれます(負担した葬式費用は債務控除の対象となります)。

② 払い戻した金銭を私的に費消すると、相続財産の「処分」として単純承認とみなされ、相続放棄ができなくなる可能性があります。FX・信用取引などの負債の有無が確認できていない段階(前記3ケース③)では、安易な払戻し・費消は避けるべきです。

6. 生前にできるデジタル遺産の整理術

トラブルを未然に防ぐ最善の方法は、生前の整理に尽きます。

⑴ 資産・負債のリスト化(最重要)

何よりも先に行うべきは、保有するすべての金融機関、取引所、サービス名の一覧化です。プラスの資産だけでなく、FXや信用取引など負債になり得る取引も含めて棚卸しします。

このリストにはIDやパスワードそのものは記載せず、「どのサービスを使っているか」が分かる形で残すのが原則です。ID・パスワードは別途、信頼できる金庫や貸金庫に分けて保管するなど、セキュリティを確保してください。

⑵ エンディングノートの活用

エンディングノートに、リストの保管場所や家族に伝えたい意向を記しておきます。法的拘束力はありませんが、家族がデジタル遺産にたどり着くための実務的な手がかりとして極めて有効です。

⑶ 不要なサービスの整理

長年使っていないサブスクリプションや、ほぼ取引のない休眠口座は、生前のうちに解約しておきましょう。デジタル遺産の数が少ないほど、家族の手続き負担は確実に軽くなります。

⑷ 遺言書による指定

財産目録にデジタル遺産を含めた遺言書を作成しておくと、遺産分割協議そのものを簡素化できます。改ざんや無効のリスクを避けるため、公正証書遺言の作成が望ましいでしょう。

⑸ 死後事務委任契約の活用

身近に頼れる家族がいない場合や、家族に負担をかけたくない場合は、第三者(弁護士、司法書士等)と死後事務委任契約を結び、解約手続き等を依頼する方法もあります。

おわりに

デジタル遺産は、便利さと引き換えに「見えない資産・見えない負債」のリスクをはらんでいます。本記事のポイントを整理します。

  • 紙の手がかりがないため、家族がデジタル遺産の存在に気づけないことがある
  • ネット証券・暗号資産の見落としは、申告漏れや遺産分割協議のやり直しを招く
  • FX・信用取引には負債リスクがあり、相続放棄の3か月期限を見据えた早期把握が必要
  • 暗号資産は評価方法が複雑で、税理士への相談が事実上必須
  • 最大の対策は、生前のリスト化と家族・専門家への共有

相続税申告のご相談は税理士にお任せいただくのが確実です。加えて、生前から長期的に資産全体の管理に伴走できる相談先として、特定の金融機関の営業方針に縛られにくい独立系のファイナンシャルアドバイザー(IFA)などの専門家を活用することも、家族の安心につながる選択肢となります。

「いつか整理しよう」と先延ばしにせず、今日からデジタル遺産の棚卸しを始めることをお勧めします。

【出典】

・国税庁「暗号資産等に関する税務上の取扱いについて(情報)」https://www.nta.go.jp/publication/pamph/pdf/virtual_currency_faq_03.pdf

※本記事は外部専門家からの記事提供によるものであり、当サイトの所属アドバイザーとは関係ありません。

執筆者

河合 厚

税理士法人チェスター東京本店代表、東京国際大学特任教授

国税局国税訟務官室 主任訟務官、税務大学校 専任教育部 主任教授、国税不服審判所 審理部長、2か所の税務署長などを歴任し現職

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